ゆらぎと眠り&音空ハーブウォーター

二宮町在住。来年には➡改め、来月中にはハーブウォーターをお披露目、販売します。ゆらぎと眠りのセラピスト浅沼瞳の音空(おとそら)ハーブ畑観察日記と暮らしのブログ。

佐藤さんの蕗

hotomo92018-04-15

もう最悪だった。
3月に入ってから、どこにいても何をしてても、ほとんど心ここにあらずで。

というのも、ここから先3年は生活の安全保証が付いている案件を断りたくて、断りたくて、でも出来なくて。ぐずぐずぐずぐずしていたから。

でも症状は明らかで、言葉を声に出せないし、それなのに頭の中は声でいっぱいになって、誰の声なのか私の声なのかよく分からなくなってシュウッと元気がなくなって、言いたいこととは反対のことを言っちゃうし。

それがことごとく身体に反映されて、いつも動きは鈍いけど、さらに鈍いし重いし。

沼代はバロメーターで、沼代にいてそれだから末期としか言いようがなかったな。

「なんだ、どうした?」とか「なんか、違うだろ」とか「ダメなんてもんじゃない」とかの、正直でそのまんまの言葉をたくさんの人からたくさんのもらった。

その通り!

それでも声も言葉も出てこなかったってゆう、ひどい有り様だった。

4月に入って沼代で御神輿を担ぐお祭りがあった。とっても楽しみにしていたけれど、そんなこんなだったから、そういう時は身体を動かそう、を合言葉にして歩いて行くことにした。

途中までは順調でフンフン鼻歌まじりで調子に乗っていたら脱線して。
これはまずいぞ、どうしたもんか、でも見覚えがあるから行ってみようと歩き続けていたら捕獲してもらった。詳しいことは割愛しますが、ともかく捕獲してもらった。

お昼前に林家について、ひと休みをして馬場で合流した。

すんばらしかった。何度か来たことはあったけど、馬場の雰囲気は清々しくって優しくて。誰かと話すとか出来そうもないなと思っていたけれど、不意打ちで捕獲されたところから一転してやっぱり沼代に来て良かったと思った。みんなと過ごすお昼の時間は楽しかった。その後御神輿が帰って、片付けが始まって、お家に戻りましょうっていう流れになって、

全力でイヤだって思った。

こんなにいいお天気なのに、そうしたくないと身体が反応して、気付いた時には脱走してた。走ってないから脱歩になるのかな。どこに行くでもなく、ゆっくり歩いて立ち止まって景色を眺めて。そうして 着いたところは馬場だった。馬場の桜の木の下で寝っころがったらポカポカで、そのまま眠った。

時計を見たら1時間くらいたってた。少し肌寒くなってきたから戻ろうかと思ったけれど、足がそっちに向かなくて、どこへ行くんだろう、そっちは田んぼだぞ、なんてふうに歩いていたら、やっぱり田んぼに着いた。前に来た時から、お水の貯水量が減っていて、田んぼの様子をぐるっと見回し歩いた。

わっかんないなー、なんだろなーっていうパトロールをしたら「あれー、ひとみさん」と呼び声が。田んぼの主が現れた。

べんさん(田んぼの主)と無事お水の抜けていく穴を見つけた。そうしてやっとお家に戻った。これも捕獲になるんだろうか?きっとそうだろう。その位に、ほんとうは歩いていられなかったんだと思う。

えいじさんとべんさんに改めてありがとうって言うぞ。

まだまだ逃げ出す力が残っているんだと思えたし、実際そうだったことで決まった。

保証がなくても、楽しくいたい。

分かっていたことを怖がってごちゃ混ぜにしてただけだ。それくらい、魅力的だっただけだ。

沼代に泊まれるかは分からない状態で来て、泊まれることになって、突然のことにも何てことなく、「はい、いいですよ」って言ってくれて、ひとりで夜更かしをして、短時間でぐっすり眠った。

たけのこ掘りは夢中になった。桜摘みは桜と空がほとんどで泣かずにすんで助かった。その数日前にはみかんの苗木を植えた。手を使って足を動かして、音を響かせているときの穏やかな感じは、やっと息ができた。何てことなく、もいで渡してくれたレモンは、とびっきり美味しかった。

4日後。
布団を干すのにベランダに出たら下の階の佐藤さんが何やら収穫しているご様子。佐藤さんに届く大きい声で「おはようございます!」と声をかけた。

「何をとってるんですか?」
三つ葉とセリよ」
「下に降りて見に行っていいですか?」
「どうぞ、どうぞ」

「どっちが三つ葉でどっちがセリですか?」
「こっちが三つ葉。おおきいでしょう。これから息子が来るから。これをサッと和えたサラダが大好きなの」

こんなやり取りをたくさんした。あれは何ですか?これって枇杷の木ですね、気付かなかった!とか、同じアパートに25年住んでいて、先日他界したおばあちゃんの思い出話とかをたくさんした。

「そうだ、蕗食べる?ちょっと待ってて、持ってくる」
「おまたせ。大磯から採ってきた蕗でね、食べやすく煮たから食べてみて」
「ありがとうございます。蕗好きです。ご飯といっしょに食べます」

その後、なぜかは分からないけれど、ここで、ばちっとかみ合った。
もともとは関係のないようにみえるばかりのものたちが、一気に膨らんだ。

佐藤さんにお礼をして、すぐに電話をして案件を断った。

そうだった。

私の特技は、あるのかさえ気付いていられないような大切なことを無くしてしまわないようにすることだった。

これはこうですよ、とか、こうすればこうなりますよ、とかの思案の糸をほどいていくことだった。

わかるのはかけらだけで、かけらだけでは判断できないから、肌で感じて身体を動かすことだった。

何を差し出されているのかを聴いて、あっているのかも分からないことを信じて言葉にすることだった。

観察しすぎると
比べ始める。
観察しすぎて、ほんとうのほんとうに大切なことを、あっさり手放してしまうところだった。

実際にそうして、たくさん責めた。

その場の雰囲気に流されないで、とりあえず返した返事に落ち着いてしまわないで、どう感じているのかを、現実に戻ってかえしていくこと。それは、打てばポン!と響くようなものではなかったりするけれど、時がかかったりするけれど、それでもそうしたいと思う。


やっと、やっと復活の兆し。

その復活は、どうしよう、あーして、こうして、こう変更して、なんとかやっていけるかも?いやいや、そんな。上手くいっちゃうかも?そうでない時はこうしてみよう。こんな時は、どうしよう。

やっばり迷ったりしているけれど、それでも力を取り戻せる場所に戻った手応え。

今日も土砂降りの雨の中、来てくれた方がいる。一度来たことのある人で、雨だろうと何だろうと私がどんな状態であろうと来ようと思ったと言ってくれた。

そうだった。
もうひとつ思い出した。

私がわたしを忘れても、わたしのことを忘れない敬愛する人達がいる。

私は折り返し地点の、もういいおばさんだし、上澄みのきれいなところだけをすくえなくなっているし、だからこそ、何てことのない中につまっているものに、いちいち反応してしまう。
そんなふうだと、1日もたない。まったくもたない。

もう一生分以上の抱えきれないものをもらっているから、後はどんどん湧いてきてしまうやつを放り出して、どんどん放り出していこう。

それでもきっと、おかまいなしに湧いてきてしまうだろうから。